すみだ社中交歓すみだ社中交歓㉙ 〜貝崎さんお城巡り〜
- 墨田区三田会
- 4 日前
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墨田区三田会の皆様
昭和53年卒の貝崎です、風薫る季節となりましたが皆様には如何お過ごしですか。
毎回、拙い「お城シリーズ」をご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、埼玉県にある中世期のお城を二つ紹介します。
池袋から東武東上線の急行で約1時間、埼玉県比企郡の武蔵嵐山に到着します。
群馬県にも近いこの地は、古く鎌倉時代から畠山氏、上杉氏、武田氏、後北條氏など
幾たびも領有が繰り返されてきた歴史があります。
■菅谷館
菅谷館は、鎌倉幕府の有力御家人であった畠山重忠の居館と伝わります。
畠山重忠は、元久2年(1205年)執権北条氏に謀反の嫌疑で討たれてしまいます。
その後、長亨2年(1488年)に室町幕府/関東管領の山内上杉氏が再興しましたが、
支族の扇谷上杉(オウギガヤツウエスギ)氏と関東管領の座を争って激しく戦ったと記録が
残っています。
→ 関東管領/上杉の名跡は、後に長尾景虎が引き継いで上杉謙信となりました。
菅谷館は、都幾川と槻川の合流地点にあり、近くに鎌倉街道が通る交通の要衝です。
典型的な中世の平城で、本廓の北側に二ノ廓、三ノ廓が配され、高い土塁と空堀りで
防御を高めています。
現在、館跡は県立嵐山史跡の博物館の敷地内に保存されています。
■杉山城
杉山城は、前述の山内上杉氏が扇谷上杉氏との戦い後に築いたとされています。
鎌倉街道を見下ろす丘陵の尾根上に、本廓を中心に十余りの廓群で構成された山城です
。
残念ながら城郭類は残っていませんが、驚かされるのは総面積8haにも及ぶ廓の規模と
緻密な造りです。
敵の侵入に備えて、土塁の高さや空堀の深さは言うに及ばず、塁線や虎口は真っ直ぐに
進めないように随所に屈曲や折れ、桝形が施され、さらには真横から矢を射かけて攻撃
する横矢掛りの工夫もなされています。
こうした高度な築城技術により、同城は「築城の教科書」「戦国城郭の最高傑作のひと
つ」という評価を得ています。
なお、近接する館城跡とともに国指定遺跡「比企城跡群」となっています。
菅谷館は武蔵嵐山駅から徒歩10分ほどですが、杉山城へは40分かかるとのこと。
筆者は駅前の観光案内所のレンタサイクルを利用しました。













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