すみだ社中交歓すみだ社中交歓㉝ 〜貝崎さんお城巡り〜
- 墨田区三田会
- 1 日前
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墨田区三田会の皆様
今年の夏は、酷暑に台風、大雨と散々ですが、三田会の皆様には如何お過ごしですか。
昭和53年卒の貝崎です、毎回「お城シリーズ」をご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、長崎の2城をご紹介します。
■平戸城
名護屋城から唐津に戻り、筑肥線、松浦鉄道と乗り継いで約3時間、、日本最西端の駅
/たびら平戸口に到着します。
平戸の第一印象は、長崎によく似て、青い海と島々が映える風光明媚な土地です。
平戸城は、松浦湾を望む高台に本丸と二の丸を配し、海岸に面した山麓部に船入場を設
けた、いかにも水軍松浦氏らしい縄張りとなっています。
現在の天守は昭和37年に再建されたものですが、三層の天守はシンプルで黒白のコント
ラストが美しく、遠くからも良く映えています。
余り知られていませんが、平戸では戦国時代の末期からポルトガルやオランダと交流が
が活発で、鎖国令で長崎/出島に出入りが制限されるまで、外国との貿易が盛んでした。
松浦氏は土地柄、歴史的にも豊臣秀吉との繋がりが深く、長らく幕府からは警戒されて
いたため、よえやく江戸中期になって築城の許可がおりたと言われています。
市内には、「隠れキリシタン」の影響か、天主堂や教会などの遺産が数多く残っており、
観光や散策に是非お勧めの土地です。
■島原城
旅日程の関係で、平戸城を見学後は、島原に向かう途中で諫早に宿泊しました。
翌朝、諫早から島原鉄道で約1時間、島原駅に到着しました。
昨日から九州のローカル線を満喫です(笑)。
城は駅正面の坂上、堂々とした城姿が目に飛び込んできます。
島原城は、関ケ原の戦い後に入封した松倉重政が、7年かけて城と城下町を築きました。
五層の層塔風天守(昭和39年に再建)を据えた本丸を中心に二の丸・三の丸を配し、
要所を三層櫓で固め、さらに折を多用した高石垣で築かれています。
後年発生する「島原の乱」でも、一揆軍の猛攻にも耐えた堅固な造りです。
しかし、苛酷な政治で領民に反乱を起こさせた責を問われて松倉家は二代で改易、以後
明治維新まで4家19代の譜代大名が領する波乱の多い城となりました。
余談ですが、島原の名物といえば「手延べ素麺」、是非食してみてください。
サッカー好きの方には、高校サッカーの名称小峰監督が率いた国見高校が近在します。


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