すみだ社中交歓すみだ社中交歓㉚ 〜貝崎さんお城巡り〜
- 墨田区三田会
- 12 時間前
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墨田区三田会の皆様
今年も梅雨の季節となりましたが、三田会の皆様には如何お過ごしですか。
昭和53年卒の貝崎です、毎回「お城シリーズ」をご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、福岡、佐賀、長崎のお城を巡ってきましたので、順にご紹介します。
■福岡城
福岡城跡は、福岡市の中心部/赤坂から大濠公園に沿って広がっています。
慶長5年(1600年)黒田長政は関ケ原の戦いの武功により筑前国50万石余を与えられ、
初代藩主となりました。
黒田長政は城下の発展を考えて新城の建設を決め、父官兵衛と共に7年の歳月をかけて、
東西1㎞、南北700mにも及ぶ大規模な平山城を築城しました。
築城の名手/黒田父子が手がけただけに、堅固な縄張り、造りとなっています。
丘陵の先端に本丸を築き、天守は大天守、中天守、子天守の3つからなる連立式です。
北・西・南の守りを東二ノ丸、二ノ丸、南の二ノ丸が固め、その外側に三ノ丸を配する
用心深い設計となっています。
また、これらを囲む水堀は幅50mを超え、さらに本丸と二ノ丸は高石垣の総石垣造り、
三ノ丸は土塁造りといった具合です。
城郭は残っていませんが、城跡に残された天守台や巨岩を用いた門跡、高石垣からは、
黒田藩50万石の風格とスケールの大きさを感じます。
なお、福岡城の別名は「舞鶴城」、海側から見た城の形が空を舞う鶴の姿に似ていると
言われています。
■佐賀城
博多から、鹿児島本線と長崎本線を乗り継いで約80分、佐賀に到着します。
佐賀城は、元来は戦国大名龍造寺家の居城でしたが、重臣の鍋島直茂、勝茂親子が拡張
整備して、完成させたと伝えられます。
福岡城に比して大きくはありませんが、四囲を堀で囲み、天守と本丸、二の丸、三の丸
を配した典型的な輪郭式の平山城です。
しかし、その後は度重なる火災で、天守をはじめ本丸御殿は何度も焼失しています。
近年、一部が再建された本丸御殿は、天保期の御殿の遺構を保護しながら復元しており、
現在は賀城本丸歴史館として公開されています。
入口には、倒幕の一翼を担った佐賀藩らしくアームストロング砲が展示されています。














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