
昭和53年卒、貝崎弘和です。
三田会の皆様にはお変わりありませんか?
今回は、北陸新幹 線の延伸で話題の福井県のお城を2回にわたりご紹介します。
▪️丸岡城

JR福井駅(3/16に北陸新幹線が延伸)からバスで50分、県境の坂井市に到着します。
丸岡城は、天正4年(1567年)に柴田勝家の甥/柴田勝豊が築城したとされています。
近年の調査によると、現在の天守は丸岡藩が成立した寛永年間(1624-43年)に本多氏が整備したもので、「現存12天守」として国の重要文化財にも指定されています。
小高い丘に築かれた城は小振りですが、「野面積みの石垣」と相まって武骨な印象です。
二層三階の望楼型天守と各階の外壁や出窓、破風など、古風な造りとなっています。
案内ガイドによるらと、桜の時期、雪景色の時期がおすすめとのこたです。
▪️北庄城

JR福井駅の近くの公園に、北庄城址として、ひっそり残っています。
織田信長亡き後、羽柴秀吉と覇権と争った柴田勝家が賤ヶ岳の戦いに敗れて、お市の方(織田信長の妹、美女で有名)とともに自刃、焼失した城として知られています。
公園には、柴田勝家、お市の方、三姉妹(茶々、初、江)の像が安置されています。
▪️福井城

福井城はJR福井駅から徒歩圏内にあり、現在城跡は県庁として利用されています。
慶長6年(1601年)に徳川家康の二男/結城秀康が入国、隣国の加賀前田家への備えのため旧北庄城を大幅に拡張、代々の藩主には松平ファミリーを配置しました。
大改修された福井城は、広大な城域に四重五重の水堀を巡らし、強固な高石垣を積み上げ、本丸北西隅に残る天守台には四層五階の大天守が築かれていました。
徳川一門、松平ファミリーの威信を示す、スケールの大きい城だったことでしょう。
時は流れ、幕末動乱の時代になると、越前松平家(福井藩)は時代の表舞台に出てきます。
田安家から婿入りした松平慶永(春嶽)は、幕末四賢候の一人として幕政に参画し、将軍継嗣・条約勅許・公武合体などの幕府の重要課題にも関わりました。
同時に、熊本から横井小楠(儒学者)を招聘して藩内の教育や人材育成にも力を入れ、橋本左内(安政の大獄で死亡)、三岡八郎(後の由利公正、明治政府の財政家)などを輩出しています。戦国のロマン、幕末の歴史と明治の黎明期に触れる福井県のお城、北陸新幹線の延伸で東京から3時間弱、お勧めです。
